なんだか朝から身体が少し疲れていたのでおとなしくしていた。
バイクの保険屋さんと生命保険にそれぞれ電話をして
給付の書類を送ってもらうことにした。
自分のことも少しずつしないと。
とは言え、保険の給付は治療が終わってからでいいみたいだった。
何回かに分けて給付が受けられる方がいいのになぁ。
ま、いいや。
日々のくらしの感想文
なんだか朝から身体が少し疲れていたのでおとなしくしていた。
バイクの保険屋さんと生命保険にそれぞれ電話をして
給付の書類を送ってもらうことにした。
自分のことも少しずつしないと。
とは言え、保険の給付は治療が終わってからでいいみたいだった。
何回かに分けて給付が受けられる方がいいのになぁ。
ま、いいや。
いつものようにタクシーに乗って、リハビリに行った。
なぜタクシーかというと、病院への距離が遠いのとうちの前が坂道だから。
とても松葉づえでたどり着けるとは思えない。
担当の先生はリハビリルームの中でも
接客がうまい先生だと思う。
私も愉しい気分でリハビリしてるけど、
92歳のおばあちゃまに対する態度も、それを受けてリハビリしている側の態度をみてもいい感じだ。
リハビリのメニューは
仰向けになり、バランスボールにつま先を乗せて、
ゆっくり膝を曲げる運動。
その後、ヒップを上げる運動。
バランスボールをはずして足上げ。
先生のマッサージ。
上体を起こして足の裏にタオルを当てて両端を手で引っ張って足の裏とふくらはぎを伸ばす運動。
シーネをつけ横向きになって足上げ。
膝はだいぶ曲がるようになってきた。
足首のむくみはなかなかとれない。
使わないとこうなるんだなぁ。
朝、叔父夫婦を羽田まで送る。
3日間天候に恵まれてよかった。
その後、母のいた施設に立ち寄り、遺品をチェック。
カーディガンをもらって帰る。
姉宅へ立ち寄り兄に預かってもらった弔電と母のコートなどを受け取る。
最近の電報はお線香の着いているものなどあって、
かつ、ぴょんがお線香を送ってくれたので、
家に母さんがいる間はお線香買わなくてよさそうな雰囲気。
そんなこんなの3日間を終え、
慰労の焼肉ランチをして帰ってきた。
くたびれたみたいでちょっと寝た。
兄も疲れたろう、姉も疲れたろう、hiroさんも疲れたろう。
みんな休憩してください。
青天の今日、母が荼毘に付しました。
母の友達が何人も来てくれて嬉しかった。
今日は姉も来ることができてよかった。
親戚においっこ2号を会わせることができてよかった。
訃報を聞いて電話をくれたjackyさん、まいり、
気を使ってメッセージをくれたともたち、
骨折していろいろ動けないところをフォローしてくれたいとこたち、
いつもそばにいてくれて親戚のお世話もしてくれたhiroさん、
お世話になった全ての皆様に感謝です。
無事に、つつがなく母を見送ることができました。
どうもありがとうございました。
通夜でした。
亡くなってから日が経ってしまったのは、
暮れから葬儀場が混み合っているらしく、
母も亡くなってからご近所さんと順番待ちをしていました。
羽田に親戚を迎えに行き、斎場に向かいました。
ちなみに私は骨折中。
空港で車椅子を借りて到着ロビーに行き、親戚をピックアップ。
しかしながら、おじさんもおばさんも私の脚の包帯に若干引き気味。おかしかった。
それから斎場に向かい、しばらくして他の親戚も徐々に到着してくる。
皆、同じ反応。そりゃそうだ。
そしてお茶を入れることもできず、
おじやおばの身の回りの手助けもできず、
いとこやhiroさんにフォローして頂き、
甥っ子が来ていても遊んであげることもできず、
役に立たなさ加減が笑える。
ちなみにhiroさんは私の親戚と初対面。
かいがいしくフォローをしてくれていたhiroさんへの親戚からの好感度は高く、むしろよかった。
hiroさん、お疲れ様。
ありがとう。
一人でリハビリに行った。
先生の手は魔法の手だな。
超むくんでいた足がかなりすっきりした。
シーネしてたら横になったりうつ伏せになったりしてもいいって。
年末からいろいろ、例年以上にお世話になっているだんなはん。
いつもいつもありがとう。
感謝しています。
どうぞ幾久しくよろしくお願いします。
よかろう!
リハビリをして、
やっていいことや動きが何となくわかったのと
もうずれやすい時期を超えたということなので
シャワーをしてみた。
腰の高さより少し低い折り畳みいすを
お風呂場においてそこに座りながらシャワーを浴びた。
これならシャンプーもできるし、顔もちゃんと洗える。
前後の諸々とか椅子の片付けとか
hiroさんのサポートなしでは成り立たないけどw
一人暮らしだったらすごく大変だなぁ…。
あー、すっきりした♪
予定どおり午後の診察とリハビリに行って来た。
骨のズレはなさそうだということ。
リハビリは週に1度程度病院に通うけど、
リハビリした時に宿題というか
家でできるリハビリを教えてもらって
それを実施していくということらしい。
今日は膝の曲げ伸ばしや
仰向けになった状態での脚上げ、
バランスボールに両つま先を乗せて腰を持ち上げる腿の運動等をした。
ここ数日ずっと座った状態だったので
今までで一番足のむくみがひどかった。
理学療法士の先生(担当制)が浮腫んだ足をマッサージしてくれたりした。
足がはれて(むくんで)いるとうっかりそこが痛いような気がしちゃうけど、治さなきゃいけないのは膝の骨なので、むくんでいるところはマッサージしたり動かしたりした方がいいということが改めてわかった。
というか、そう言われてたかもしれないけど、
実際にいろいろ動かしてみて、これはやっていい動きというのがわかった。
リハビリ頑張ろう。
リハビリが終わって、美容院にシャンプーをしに行った。
車があって、hiroさんがいるときじゃないとなかなか外出できないし、
自分でシャンプーするのもちょっと限界だったのと、
他人に洗ってもらってすっきりしたいのとリフレッシュしたいのとリラックスしたいので行ってみた。
ちなみに近所のヘアカットの安いお店でシャンプー&トリートメント1680円也。
シャンプーはハンドの後、オートシャンプーというのがあった。
名前のとおりシャワーが全自動(?)でシャンプーするものだった。
水圧や水流にリズムがあって、何とも言えないこそばゆさと気持ちよさがあった。
オートだけだったらちょっと不満だけど、
ハンドシャンプーの後でオートシャンプーだったから
新鮮だったし気持よかった。
その後はトリートメント剤をつけてスチームらしきものを当ててもらって
洗い流して乾かしておしまい。
(もしかしたらブローがセットになってるかもしれないけど、
時間が遅かったし、家に帰るだけだから乾かすだけでいいですと言った)
リラックスして疲れが出たのか、
乾かしてもらって前が見えなかったのか、
バランスを崩して倒れそうになってしまった。
そのうえ、骨折している方の足をついてしまった。
結果、倒れなかったからよかったんだけど。
あー、でも気持ちよかった♪
亡くなってからの備忘録。
施設なのでスタッフに連絡をして看護士とドクターを呼んでもらう。
ドクターに死亡診断書を作成して頂き、
看護士さんに死に化粧をして頂いた。
葬儀社に電話して日程と会場の打合せをする。
(ちなみに2社連絡をして、電話応対がしっかりしている方に担当してもらった)
葬儀社が母を迎えに来る。
母と一緒に代表として兄が葬儀社に向い、葬儀打合せを行う。
葬儀打合せ
・規模(人数)
・宗派の確認
・会葬御礼の内容
・通夜の食事(人数と内容)
・告別式の食事(そのまま初七日の法要するのでその人数と内容)
・生花(数と出す人の氏名 ※喪主と家族の分)
親族・故人友人への連絡
今朝未明、母が亡くなりました。
進行性核上性麻痺という難病を患っており、
この病気により嚥下障害(えんげしょうがい 飲み込みができなくなる)を発症し、飲食不能になり脱水症状で亡くなりました。
享年71歳、体重は25kgほどになっていました。
病名が付いてから4年3ヶ月でした。
兄や姉はまだ小さな子供がいるので、それぞれ一度家に帰った。
母の死後、すべきであろうことはたくさんある。
ちなみに昨晩が山場だと言われていたが母は頑張っている。
ありがとう。
・親戚に現状を連絡する。
・葬儀社を決める。
・葬儀会場を決める。(だいたいの場所のイメージを決める)
・ご参列いただく方のピックアップをする。(連絡する相手と誰が連絡するか決める)
・死後、手続きが必要と思われることの書き出しをする。
・書いたら、担当を決める。
ちなみに手続きが必要と思われること
・社会保険関係
・健康保険、介護保険等→区役所
・年金→ねんきん窓口
・基金→各基金窓口
・金融機関、クレジットカード等の手続き
・施設の退去関連(遺品の撤去、電話解約等)
夕方から少し様態が悪くなってきた。
全く水分が取れていないので脱水症状が進んできている。
今夜が本当の山場に違いない。
昨日から、施設のいろいろな担当の方が顔を見せに来てくれている。
ありがたい。
夕食の時間、食べられないのは承知で通常通りの夕食メニューを持ってきてくれた。
香りだけでも味わってくださいと言うことだった。
飲み込みや口に含ませることは、もはや不可能だったので、
お皿を鼻先に近付けて匂いをかがせたり、
スプーンの裏に僅かな水分と香りをこすりつけて舌に乗せたりした。
食べられない時に余計食べたくなって苦しい思いをしたかもしれないけど、
少しでも食事の気分を味わってほしかった。
スタッフさんたちの心遣いを伝えたかった。
夜、兄姉たちが戻ってきて、仕事に行っていたhiroさんも顔を出してくれた。
ありがたい。
朝、レンタカーをして施設へ向かう。
向かってる車中、施設から「早めに来てください」と入電。
食事、水分ともに取れておらず、
昨日は500L点滴をしたが心臓に負担がかかるのでもう点滴はしない方がいいとのこと。
急ぎ、向う。
私たちの到着後30分くらいで兄と姉も到着。
しばらくおしゃべりをしたりした後、
今後のことについて打ち合わせる。
ちなみに、今晩泊りになりそうなのでhiroさんには一度家に帰って必要と思われるものを持ってきてもらうことにした。
家族が死去した後の手続きにどのようなものがあるか調べるところから、
思いつくままやらなきゃいけないことや連絡すべき人について書きだしていった。
ちなみにちなみに、母は耳がいいし、脳も働いている。
でも、遅かれ早かれ(1日後なのか10年後なのかわからないけど)決めておかなきゃいけないことだからごめんね、と言って母の居室で話をした。
(つづく)
兄の家族がやっと帰ってきた。
昼ごろ、姉から連絡があり母の様態がよくないとのこと。
兄に早く来た方がいいというメール。
私も駆けつけようか、どうしようかと迷ったが
明日、気持ちが落ち着いてから連れて行ってもらうことにした。
2024年11月 | ||||||
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